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あくまで“東アフリカ”最後の楽園

10月2日

ヌングイから南へ2キロくらい。
情報ノートに「楽園」とまで書かれていたケンドゥワのビーチへ。

ビーチを歩いて30分とのこと。
ところが、満潮近い時間帯、ビーチは歩けない部分が多い。
なんで歩けないか?
高級ホテルが邪魔してるっ。
ザンジバルにこんな高級ホテルがあったのかと思わせるような豪華なホテルが建ち並ぶ。
そしてビーチから離れると、歩く道がなくなる。
ときには草木をかきわけ次の道へと歩くことも。

やっと着いたケンドゥワ。1時間以上かかった。
天気がなんかいまいちな感じで、海には入らず。
欧米人スタイルで寝て過ごす。

が、そのうち雨が降り出し、レストランへ避難。
2時間くらいで止み、再びビーチへ。

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快晴になり、そのきれいだという海へ。

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確かにヌングイよりは透明だけど、そんなに魚はいなくて・・・。
多分情報ノートに書いた人は海をあまり知らない人なんだろうなあと。
絶賛するほどではなかった。

アフリカにあって、リラックスできるここザンジバルは確かに楽園かもしれないけど、
あくまで“東アフリカ”最後の楽園、ということか。
期待しすぎてここザンジバルに来たせいもあるが、ちょっと物足りなさを感じてしまい、残念だ。
アフリカ疲れをリフレッシュするにはいいとこだけどね。

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晴れた白砂のビーチと青い海は文句なしの楽園の風景。

帰り、干潮になったビーチを歩いて帰ってきた。
多少海に浸かりながらも、高級ホテルの障害をクリア。

途中の海は透明で意外といいシュノーケルスポットだった。
明日はここに来よう。

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ここにもクマノミ。

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海にせり出した高級ホテル。

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砂浜に作った城。

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干潮なら歩けるホテルのテラスの下。

ビーチを歩くこと30分程度、
行きの苦労と違い、あっさりと帰って来られた。

10月3日

日曜で仕事が休みか、ビーチを行き来する現地の人々の姿が多い。

タンザニアでは今月中旬に大統領選があるらしい。
その集会もあったようだ。
これは暴動になるのも納得の盛り上がり。

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午前中は目の前のビーチで過ごす。
沖まで行くと食べれるウニだらけ。
ただ、深くて潜ってられる時間がわずか。かなり深くて。
そう、沖に出ればそれなりの透明度。
岩の近くには多少魚がいたが、シュノーケルを楽しむほどではないかも。
ビーチと自分の間を船が横切るとちょっと焦る。

ランチ、いつも夕飯を食べる店に行った。
夜とメニューが違うかと思いきや、いつもと同じ。
うまいので、まあいいけど。

午後、干潮が迫ってきたので、昨日見つけたポイントへ。
まだ潮が引ききってなく、海に浸かりながらビーチを歩く。

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崩落している場所があって、びっくり。
昨日の今日でまさかこんなことになっていようとは・・・。

さてポイントに到着。
マサイ族の営業も海に入ってしまえば手の届かぬところ。
透明度はそこそこながらも青い海で何種類もの魚を見られて満足。
シュノーケルしてても全く飽きない。

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昨日のクマノミポイント。

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水面からでも楽しめる。

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でも潜る。

帰りに何箇所か遠浅の海に入ってシュノーケルポイントをチェック。
透明度は意外とよく、そこそこ魚がいる場所もあった。
透明なだけで全く魚がいないビーチも。

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海から見た高級ホテル。

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白砂のビーチ。

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寝て本を読んで過ごすのが欧米人スタイル。

海で泳ぎ倒し満足の一日。
これでとりあえず、ザンジバルに思い残すことは無い。

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夕方、宿の前でキハダマグロがあがっていた。

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きれいな夕日を眺めて平和なザンジバルに感謝。
たしかにここは楽園かも。

10月4日

朝、部屋の前の椅子に猫が寝ていた。
ちょっと微笑ましい朝。

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ヌングイにさらば。
ダラダラでストーンタウンに戻ってきた。

物価が上がっていることと、オフシーズンが過ぎてしまったことで、
宿はどこも高め。ヨーロッパ並の価格。
とはいっても$30前後。アフリカのくせに、高い。

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ストーンタウン、世界遺産にもなっている町。
ここは迷路のように道が入り組んでいる。

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方向感覚にはかなり優れている私だが、この町は把握しきれず。
でもこの迷ってる感覚が楽しかったりする。

宿は“Jambo GH”で、その前のレストラン“Green Garden”がwifi可。
アフリカに入って2回目のネット。
紅茶とコーヒーで2時間、ブログの更新とかメールチェックとか。
宿の部屋でも電波がぎりぎり拾える。

夜になると町のいろんなとこに屋台で出現する。

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タコ。これがうまい。

夕食は屋台の食べ歩き。
それで足りない分はローカルレストランで。

たっぷり食べて満足。
明日早朝のフェリーでダル・エス・サラームに戻る。

そのままタンザン鉄道の駅へ行き、ザンビアを目指します。
全ては鉄道の切符が取れるかどうか次第。

次の更新はザンビアから、かな。
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テーマ : 海外旅行記
ジャンル : 旅行

東アフリカ最後の楽園

9月27日

東アフリカ最後の楽園。
そう呼ばれるザンジバル島。

フェリー乗り場まで、うざいと評判の客引きも数人しかいなかった。
月曜日の人ごみと車の渋滞がウチらの姿を隠してくれたか。

乗ったフェリーは“flying horse”のつもりが、どうやら“Coastal”。
しかもフェリー自体は“sea bus”だった。
これで遅かったら文句を言うところだが、
一人$30ながらもザンジバルまで2時間ちょっと。
ほぼ予定どおりだし、外国人料金払ってんだよ、と言って1stクラスに乗せてもらえたので良し。
ちょっと揺れたが、みんなにゲロ袋を配ってくれる心遣い。

ストーンタウンを通過して、ジャンビアニに行くにはこれしかない。
ちなみに待合室はフリーフード・フリードリンク。

ザンジバル、同じタンザニアでありながらも入国(島)のイミグレがある。
特に質問されることは無かったが、入国(島)カードを書かされ、出国(島)カードを渡された。

ザンジバル、ストーンタウン。ここも客引きのうざさで悪名高い。
が、どうってことなかった。
インドに比べればかわいいもの。
ストーンタウンに滞在する気がないと言われれば、客引きもそれ以上言うこと無し。

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ダラダラ(バス)待ちで1時間。
やっと来たダラダラも本来の便とは別のもの。
ジャンビアニ行きの現地人が交渉して話をつけてくれた。
屋根にバックパックを載せ、バスステーションは大にぎわい。

窮屈なまま2時間、乗り心地の悪さに限界寸前、ジャンビアニに着いた。
メインロードで降ろされ、ここから歩いて数分だから、とマライカゲストハウスを教えてもらう。

そう、ザンジバル、ジャンビアニといえば有名な日本人宿(?)、マライカゲストハウス。
オーナー、ハジさんの心配りと二食付き$10という価格で大人気の宿。
のはずが、客はウチらだけ。
ここにくれば日本人がいると思っていただけに残念。
最初に渡されたのが情報ノート。
「これ、重要でしょ?」と、よくわかってらっしゃる。

到着が17時過ぎ。電気が無いこの宿では日没とともにろうそく生活。
とはいえ、特にやることもなく、今日は20時には就寝。
きれいな海は明日、見よう。

9月28日

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マライカゲストハウス、外観。

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こんなのどかな町にある。

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周辺の様子。
電気が通っている家もあるが、ゲストハウスでさえ、電気無し、ということも。
家々はサンゴを固めた土で壁を作り、椰子の木の葉で屋根を作る。

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白砂のビーチはどこまでも続く。

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遠浅の海もどこまでも続く。
おかげでシュノーケルにはあまり適さない。
ウニ(食べられないやつ)と海草だらけ。
食べれるウニはそれなりに沖に出ないと取れない。

今日は遠浅の海を歩いて、ビーチを歩いて、
ジャンビアニの村を歩いておしまい。

夕方からは宿の玄関先でのんびり。
ハジさんの夕食、魚料理と白いご飯でうまいっ。

9月29日

ハジさんのところに出入りするキャプテンが、シュノーケル&フィッシングに連れて行ってくれる。
一人10000sh(約600円)でダウ船に乗れて、シュノーケル&フィンを貸してくれて、釣りができて。
お得に味わえるので、ぜひ。

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これがダウ船。
木造りの船体に木のマスト、布の帆を付けて、ヨットのように進む船。
ここザンジバルのスタンダードかつ伝統的なスタイルの船。

遠浅の海をダウ船でたまに底を擦りながら沖へ。
波が崩れる場所が外洋とサンゴ礁の境目くらい。
その手前、他の船も集まってくる場所がシュノーケルのおすすめスポットらしい。

海の中はこの通り。

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クマノミ。

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ハナビラクマノミ、かと思ったら違った。

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小さい魚はうじゃうじゃ。
透明度はいまいちだったが、水面から底を見下ろすには十分。

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ダウ船、船上に戻るのがまたひと苦労。

シュノーケルの後に釣りをするが、全く釣れず。
ポイントを変えても全くダメ。
「今日はダメだ」とあっさりキャプテン。
釣れるときは入れ食い状態らしい。

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仕方ないので、ウニ拾い。食べられるやつね。
バケツいっぱい拾ってきた。
ザンジバルの人はウニは食べないそうだ。

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が、このウニ、身が少なく、バケツいっぱいでもこれだけ。
何より、ハジさん、釣りの獲物を期待していただけに、
まさかの一匹も釣れなかった結果にショックがでかそうだった。
「しょうゆとわさび、あるから」と刺身にしてくれる気満々だったのに・・・。
おいしそうに見えないけど、この新鮮なウニ、生で食べると舌でとろける味だった。

9月30日

早朝5時頃に突然の大雨。
窓が無い部屋には容赦なく雨が吹き込んでくる。
だけでなく、天井から雨漏りも・・・。
隣のベッドに避難。

天気がいまいちなので、今日はお隣、パジェへ。
ジャンビアニからビーチを歩いて1時間とのこと。

2週間くらい前にビーチで引ったくりがあったとか。
ジャンビアニではすごく珍しい事件だったそうだ。
が、油断は禁物。
臨戦態勢でビーチを歩く。
木の棒を持って歩いていたら「お前はマサイか?」とマサイ族。
明らかに怪しい二人組になっていた。

パジェではwifiありという“dhow inn”へ。
高そうな宿だったが、快適そう。
レストラン利用でアフリカに入って初のwifi。
たまってたネット関係の所用を済ませる。
激しい雨が降ったこともあり、雨宿り的な休憩も合わせて昼前から15時過ぎまで。
たっぷりと居座ってしまった。
たまに海の様子も見に行ったが、ここも遠浅でシュノーケルには適さず。
ひたすらのんびりな一日だった。

シャンビアニに戻ってからウニ取りに海に入るも寒くて断念。
マライカゲストハウス、水シャワーなので、あまり体が冷えるとどうしようもない。

電気が無い生活も慣れてしまえばどうってことはない。
が、数日とか数週間とか期間限定なら生活できるが、ずっと電気無しの生活は無理。
日本人というか文明人には悲しきかな、戻れない昔の暮らし。

10月1日

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朝、ジャンビアニの海。

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元気に遊ぶ子どもたち。

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四日間、結局誰も客が来なかった。
ちょっとさみしい、マライカの玄関先。
いい宿だけに経営状態が心配になる。

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ハジさんと息子のハミシと。
マライカに来たことがあるみなさん、ハミシはこんなに大きくなりました。

リュウちゃん、ヒロぴんへ。
お二人のことはハジさん、覚えてましたよ。
宿の紹介ファイルに写真が載っていたので、友達だって言ったら、
「二十日間も居てくれたんだよ」って。

わずか4泊ながらも寂しいお別れ。
ホントにいつか来られるかわからないけど「またいつか」。

さて、ジャンビアニからダラダラを乗り継ぎ、ザンジバル島の北部、ヌングイへ。
マライカの情報ノートだけが頼りだったが、情報の正確さに欠けたか、
お目当ての宿が見つからずにさまよう。

おそらくはここだと思われるバンガローにたどり着くも、
シリングとドルのレート間違えだとかで宿泊料金でもめる。
追加料金を要求してきたが、びた一文出す気はなく、
「出て行くから全額返せ」と言うとおとなしく引いていった。

道に迷ったり、客引きがうざかったり、宿でもめたり、
ヌングイの第一印象はいまいちだ。

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が、この夕日はいいかも。

ただ情報ノートで絶賛されていたほどのきれいな海ではなく、軽くショック。
明日きれいな海を探してみよう。


といったところで現在ザンジバル島、ストーンタウン。
宿の前のレストランでネットやってます。
レストラン“Green Garden”、使えます。

明日のフェリーでダル・エス・サラームへ戻り、
そのままタンザン鉄道でザンビアを目指す予定。
全ては鉄道の切符が取れればの話。
またしばらく更新ができない気がする。
同じく世界一周中のみなさん、無事に旅続けてますか?

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居心地のいい田舎町といまいちな都会

9月24日

爆睡&快眠。気が付けば朝だった。
酸素が普通にあるだけでこんなに良く眠れるとは。

雲ひとつ無い快晴。
宿の2階、朝食のレストランからキリマンジャロがよく見えた。

宿を移動。
登山前に泊まっていたHaria Palaceへ。
ここは安いし、スタッフがうるさくないので、快適だ。
表通りに面した部屋へ。
モシのメインストリートが見渡せていい。

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洗濯や後片付けで登山の余韻に浸りながら、
次の街、ダル・エス・サラームに行くバスの手配。
バスターミナルに行くも、ローカルバス過ぎてとても乗る気になれず。
結局、モシに来たときと同じ“DAR EXPRESS”で行くことにした。

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ランチはお気に入りのレストラン“Alhabeebs”へ。
ローカルレストランで外国人の姿は全く無し。

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白いご飯にしょうゆとゆかりを投入。
日本の味を垣間見た。

町中では京都B大を何箇所かで見かける。
みんな頑張っているようだ。

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スーパーで“Manji”ブランドを発見。
卍さん(飛びの先輩)、タンザニアでも大人気ですよ。

モシ、小さい町だったし、何があるわけでもないけど、
居心地のいい町だった。

9月25日

乗りたいときにかぎって声をかけてくるタクシーも無く、
早朝から、バス停まで歩く。

バス待ちのチャイがおいしい。
が、バス停前の店でチャイが350sh(シリング)。
今までの店が200sh。現地で見ても“Alhabeebs”は本当に安い店だったようだ。

バスはどこ発だったのか不明だが、すでに人が乗っていた。
欧米人の姿も10人くらいは見られたので、ホッとした。
観光客が他にいるだけで安心する。

昼まで4時間、途中1回のトイレ休憩(道端)のみ。
ランチ休憩もわずか20分とひたすらバスに乗り続ける。
午後はトイレが我慢できずにバスを停めさせる。
トイレ代をぼったくられる(普通10円くらいのところ100円とられた)が、非常事態につき仕方なし。
二人して同時に腹を壊すとはランチがあたったか。

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昼休憩した場所の野菜&果物売り。

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ホントの田舎町。

ダル・エス・サラーム手前で渋滞。
原因は事故だった。追い越しの失敗で正面衝突。
追い越しをかけたバスは運転席がつぶれ、それを避けそこなったトラックは道端に転落、横転していた。
もう急がなくていいので、安全運転でお願いします。
バス、動かないだろうに、虚しくも乗客がまだ全員乗っていた。

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事故現場に群がる人々。

朝8時に出て17時過ぎに到着。
ダル・エス・サラームも評判が悪いので、
タクシーで一気に宿へ行ってもらう。
安全には力を入れているホテルらしいが、鉄格子の門にガードマンの姿。
ここも相当治安がわるいようだ。

9月26日

ここまで来たらさっさとザンジバル島へ渡ってしまいたいところ。
同じホテルの欧米人の集団はホテルのガードマンに守られながら港まで歩いていった。

わざわざ一日残ったのはタンザン鉄道の切符手配とネットでメールとかブログの更新とかしたくて。
が、タンザン鉄道の駅は日曜日でクローズ。ネットカフェどころか多くの店が日曜日でクローズ。
やっと見つけたネットカフェも日本語が打てず。
読むことができただけマシということで。
かなり無駄な一日になってしまった。
途上国は曜日も重要だと実感。
そういえばアフリカに入ってからの日曜日は、サファリや登山で街で過ごしてなかったか。

結局、ダル・エス・サラームの街の様子見となった一日。
港周辺はうわさどおり客引きがうざかった。
タンザン鉄道駅からの帰りに降りた場所は、港の市場近く。

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ランチは市場内の食堂で。
観光客なんか全くいない場所でローカルのランチ。
それでもモシより高かった。ぼられているか、都会価格か。

いろいろと都会はいまいちですな。

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One More KILIMANJARO

9月21日

未だに夜の睡眠がいまいち。高度順応しきれてないのか?
とはいっても頭痛があるわけでもなく、かずえや他の人に比べれば全く問題無し。

朝のティーを部屋まで運んできてくれる。
日が出るまでは寒いのでこれがありがたい。

他の人々が早々に出発していく中、9時半くらいに、多分一番最後に出発。
多くの人はゼブラロックがあるルートを使うらしく、ウチらのルートはポーターばかり。
「last water」もあったが、そこは汚いとのことで、手前の水場を利用していた。

この日のルートもなだらかで全く登っている感じがしなかった。
が、一日で1000m標高を上げることに変わりはない。

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荒涼とした草原を歩いているときには雹に降られ、
風も強く、体感の寒さもかなりのもの。
ここが標高4000mを超えていることを実感させてくれる。

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遠く雲の中にキリマンジャロのピーク。

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ここまで来るとかなりでかく、かつ、その存在感たっぷり。

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最終宿泊地となるキボハット(4703m)。
さながらベースキャンプ。
到着は途中で抜いた集団を除くと今日も一番遅かったような。

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日没直前、うっすらと浮かび上がるマウエンジピーク。
あれで5100mくらい。ここがすでに相当高い場所であることを実感。

12人部屋は日本人4人組、Sンヤさん&Tカコさん夫妻、スペイン人4人組とウチら。
日本人率高し。

ハット前に重量計が置いてあり、ザックの重さを量ってみた。
13キロ・・・。重い。なんかドッと疲れが出た。
登山者の中では間違いなく一番重いザックだ。
二人分の荷物、とはいえ、最初に重さを知っていたら持って来れなかった気がする。

夕食は部屋で、かと思いきや、ウチらは食堂で。
部屋にスペースが無かったせいか、ウチらは料金が安いからか?!
食後の19時半前、すでにみんなベッドの中。

かずえは食欲がなく、スープのみ。
ドーピングに期待。

明日はいよいよアタック。
早い人は今夜22時半起きで23時には出発するとか。
ウチらは少しでも寝て体力を温存する作戦で。
0時起きの0時半出発予定。

9月22日

夜、おじさんたちが高山病で苦しんでいたり、なぜかスペイン人が無駄にうるさかったり。
それとは関係なく、全く眠れず!?
22時半くらいから外はガヤガヤしだすし、結局一睡もできないまま、
朝、というか出発の時間になってしまった。

しかも起きたら、初めて味わう高山病の症状。
頭は痛いし、吐き気はするし。
自分で荷物持って来た結果が、高山病でリタイア、なんてことになったら笑えない。
即ドーピング。頭痛薬でごまかすことにした。
が、それもすぐに昨夜の夕食とともに吐いてしまった。

トイレから戻りながら真っ暗な中で頭をフル回転。
どうにか登る最良の方法を考える。

寝れなかったのは仕方ないので、とにかく体を起こして代謝をあげ、
高山病の症状改善、および高度順応に努めねば。

高山病になったら普通は下山。
だけど、自分の高度順応能力の高さと無敵の体力を信じて、高山病を押し切って登ることに。
かずえはどんなドーピングを使ってでもとにかく登ることに。
ともに良い子は絶対マネしないように。

夜中の寒さは普通じゃない。
道の険しさも普通じゃない。
高山病も・・・。
今までのなだらかさが嘘のような激しい急登。
でもウチらも普通じゃない。

それでも月明かりの中、ひたすら登っては休んで、また登っての繰り返し。
早々に見切りをつけ「Enjoy!」と去っていく姿、清々しすぎる。
ガイドに抱えられて青い顔で下る姿、壮絶すぎる。
リタイアして下山してくる人も多い。

太陽が待ち遠しい寒さの中で6時間。マジで死ねる。
ここまで追いつめられた登山は初めて。
無理しなくてもまた挑戦すればいい、とも思ったり。
キリマンジャロは逃げない。

が、ウチらも逃げない。

引かぬ挫けぬ倒れぬのかずえ。
少しずつだが確実に登れている。
ポレポレ(ゆっくりゆっくり)ペースのおかげでこっちは高度順応が追いついてきた。
標高を上げつつも、高山病の症状が改善。
太陽が出る頃には出発時の最悪な状態からは脱していた。

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夜明けはギルマンズポイント(5685m)手前。
雲海からのご来光で、日差しがなかなか当たらず。

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燃え尽きる寸前の7時過ぎ、二人揃って、標高5685m、
キリマンジャロのピークの一つ、ギルマンズポイントに登頂!

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直前にSンヤさん&Tカコさんとすれ違う。
二人とも、最高峰ウフルピークで日の出を迎えたそうだ。
早いっ。お見事。

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ギルマンズポイントから先、ウフルピーク5895mの登頂率は50%。
確かにここまでの厳しさを考えたら納得の数字。
ウチらもさらに先を目指すも、あと標高100m足らずのところでかずえ無念のリタイア。
ステラポイント(5756m)クリアという微妙な足跡を残した。

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高山病と高度順応のせめぎ合いも最後は高度順応が上回った。
ってことがあるんだろうか。

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とにかく最後は完全復活。頭痛も消え、無敵の体力の発揮しどころ。
後退する氷河を横目に、メルー山を遠くに見ながら、
登山者の列をごぼう抜きで一気にアフリカの頂点へ。
標高5895m、ウフルピーク、登頂!

七大陸最高峰とかトップ・オブ・アフリカとか関係ない。
この高さ、この標高だけで十分満足。
まさにエクスペディション、といったとこか。

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ガイドのエマと。

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ウフルピークから見た、登ってきた方向の景色。

さて、登頂の喜びは無事下山してからかみしめるとしよう。
待たせているはずのかずえを追ってスピード全開。
どうやら先に下山を開始したようで、ギルマンズポイントからはるか下に見える。
サブガイドのポールに抱えられてボロボロっぽい。

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必死に登った道を、富士の砂走りのごとく駆け下りる。
「さらにスピードを上げるか?」と聞かれたが、さすがに無理。
これ以上は転げ落ちる。

かずえに追いつく頃には他の下山者を何人か抜いた後。
そのままキボハットまで抱えながらの下山。
限界まで攻めた結果ですな。

キボハットまで戻って休憩&ティータイム。まだ午前中。
すでにSンヤさん&Tカコさんの姿は無く、日本人4人組も途中で2人抜き、他の2人がぐったり。
意外と元気なスペイン人たち、登頂したというから驚きだ。

キボハットは今日は大混雑。テントだらけになっていた。
酸素が少しでも多い場所へ、という意味でも、今日はホロンボハットまで下らなければならない。
まだ正午。時間はあるが、かずえは高山病で完全ダウン。
何度も吐きながら、酸素を求めてホロンボハットまでの道を歩くことに。
キリマンジャロ、おそるべし。

登頂して気が緩んだか、私も若干の頭痛。
多分下れば治るはず、と頭痛はなかったことにする。

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見下ろしていたマウエンジピークを目の前に見ながらの下山。

16時頃、何とか無事にホロンボハットに到着。
ここもテントだらけ。登る人で大混雑のようだ。

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そこら中に咲いていたエバーラスティングフラワーもキリマンジャロの象徴か。

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ホロンボハットから見るキリマンジャロ。
さっき登ったピークははるか彼方に。

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山中、最後の晩餐。
ホントに長い一日だった。

9月23日

山に入ってから一番の快眠。
相部屋のドイツ人夫婦は夜からきつそうにしてた。
ここで苦しむようだと、先が大変だ。

登りも下りも今日はみんな出発が早い。
西遊旅行ツアーは7時出発。早過ぎ。
ウチらは9時出発。あいかわらず一番最後の出発だ。

Sンヤさん&Tカコさんの出かけ間際に、かずえが会えた。
ウチらの結果報告と、よい旅を、と。
その相部屋の人が、日本人で長期旅行者のKみつさん。
アフリカ北上組でわずかながら情報交換。
彼、なんと弟があの別府史之(09年ツール完走の自転車選手)と友達だとか。
思いもよらぬ話題で盛り上がってしまった。

日本人4人組と抜いたり抜かれたりしながらの下山。
今日はかずえも少しは回復したようだ。
私は高山病と風邪の併発といった感じか。
頭痛は消えたが、喉の調子が治らない。

今日は登ってくる人がほとんどいなかった。多分10人未満。
はるか後方に登頂したキリマンジャロを従えながら、ひたすら下る。

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カメレオンが相手してくれた。

マンダラハット(2729m)で最後のランチ。
かずえも高山病の症状がほとんど消え、ほぼ復活していた。

ハット手前で白と黒のカンパラモンキー(?)が数匹。
一匹は至近距離で見られた。

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動物くらい見られると飽きずに下れる。
とはいっても同じ道。
ランチ後は一気に下山した。

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15時45分、ゴールはいつもの決めポーズで。

下山手続きと証明書の発行待ち。
余韻に浸っていると、京都B大のみなさんに再会。
登山前日にモシの町中で会い、ちょっと話しただけだったのに、覚えててくれた。

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せっかくなので記念に一枚。
彼らもキリマンジャロの麓でそれぞれの課題に励んでいたようだ。

モシの町に戻ったのは17時半。
予定よりだいぶ遅れたが、見事生還ということで。

宿でシャワーを浴び、6日分の汚れを落とす。
なぜか水しか出なかったのが切ない。
寝袋じゃない寝床でぐったり。

さすがはセブンサミットの一つ。
甘く見ていたわけではないが、
ウチらの体力を持ってしても疲労度は半端じゃなかった。

かつてない厳しい登山だったような気がするキリマンジャロ。
最高峰を踏んで、とりあえずは満足。
大変だったが、まあそれも今となってはいい思い出。
かずえが、もし、最高地点ウフルピークを取りに行くのであれば、そのときは付き合うことになるんだろうな。
それもまた良し。いつの日にか、One More KILIMANJARO。

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アフリカ大陸最高峰へ

9月18日

朝からまさかの雨。
朝食にバナナを買いたいと言ったら、社長が向かいのレストランでお茶とチャパティを手配してくれた。
地元価格でうまし。
テンションが低いまま、モシの町を後にする。

バンにはガイドのエマニュエル、サブガイドのポール、ポーターのサムエルの3人。
あとはドライバーと関係ない人が2人。
登山口までは寄り道しまくり。
なべの蓋とか食材とか買い集めながら。
昨日の今日で手配が間に合わなかったか。

今回は一番人気があり、かつ簡単と言われる、マラングルートから登ることにした。
主な場所にはハット(山小屋)があり、宿泊がラクになるので。
他のルートは、全てテント泊だったり、歩く距離が長かったりといろいろと大変そうだ。

登山口手前の道でバンがサイドをぶつけられる事故あり。
11時前に登山口に着くも雨。
カードの不具合で国立公園入場料が払えず、3時間待たされる。
などなど、テンションが下がることばかり。

欧米人20人くらいの集団も同じ理由で待たされていた。
登山口で日本人4人組に会ったが、彼らはすでに行ってしまった。

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出発前、元気だけど、テンション上がらず。

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こんな一覧が書いてあるが、あまり参考にならない。
距離から考えてもかなりのハイペースで歩けばの話かと。

14時前にやっと出発。
雨は止んだものの、ひたすら樹林帯の中を歩く道は景色もなく、つまらない。
テンションが低いまま、最初の宿泊地、マンダラハット(2729m)へ。
17時半の到着は一番遅かったっぽい。

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4人部屋のハット、夜は寒いっ。
レンタルの寝袋、表示の機能よりかなり劣化しているようだ。

9月19日

朝6時半、ポーターがティーを持ってきてくれた。
ありがたい。

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朝は日が出るまでは寒い。
朝食、7時半くらいに食べてたけど、他のパーティーはすでに出発しそうな勢い。
みんなを見送って8時45分の出発。
今日も最後尾か。

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一日ひたすらなだらかな登りを歩き続けた。
最初の1時間が樹林帯、その後、低木の草原帯。
とても1000mの標高を稼ぐルートとは思えないゆるい登りだったが、振り返ると確かに登ってきていたので安心。
日本人4人組を早々にとらえる。
ここのガイドさん、とても良さそうだった。

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本来ならこのはるか先にキリマンジャロの姿が見えるはず。

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ランチで日本人10人くらいのツアーに追いついた。
西遊旅行さんのツアーだった。至れり尽くせりといったところか。
うらやましい。

食事中にマサイ・マラで一緒した韓国人のおっさん、Mr.リーに会う。
今日アタックしてもう下山してきたそうだ。
登頂したらしいので、ウチらも負けていられない。

今回ポーターを減らしたために、自分の荷物は自分で担いでいるが、
多くのポーターを雇っていると最低限の荷物だけで持てばよくて、ラクそうだ。
まあ私の場合、荷物が無かったら登れて当然と言われてしまうので、
ある意味、ハンデみたいなもの。
それにしても二人分の着替えと寝袋、意外と重いんですが。
ツアーの中でも「自分の荷物くらいは自分で」と頑張っている中年の方も居て見習うべき姿だと感心。

食後は2時間程度、景色もいまいちでどうということなく、ラクに来た。
一日の移動時間は多かったが、疲れとしてはそんなでもないか。
到着のティータイムがうれしい。

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ホロンボハット(3780m)、ここでもう富士山の頂上よりも上。
背後にマウエンジ峰が見える。

それにしても何か楽しさに欠ける登山道だ。
景色の変化も動物も人も天気も。
ヒマラヤと比べてしまっているせいか?

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雲海の上というのだけが素敵なところか。

このハット、日本人客が多い。
半数は日本人なのでは?

ガイドのエマ、いろいろといまいちだ。
前日の夕方に申し込んだせいで、適当につかまったガイドをよこしたに違いない。
しかもガイド、サブガイド、コック兼ポーター、ポーターの4人が付くはずなのに、
3人しか居ない?よくわからん。

9月20日

昨夜も睡眠がいまいち。
寒さ対策もまあまあ、寝心地もわるくないのに。
標高のせい?
かずえも何とか今のところは大丈夫そうだ。
が、すでにドーピング済み。
薬で何とかなるならそれもあり。
登るためにやれることは全てやっておこう。

今日は高度順応日。
ホロンボハットから1時間程登ったところのゼブラロックなる場所までお散歩。
とはいっても不安なので、ウチらはもう少し先まで行って昼寝。
ウチのガイドはこちらの意図を全く理解できないのか、いけてない。
とにかく未知の領域に行くまでは、ウチらは自分らのペースを死守しよう。
そう思った一日。

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これがゼブラロック。
大したことない岩だった。模様だけゼブラ。

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エバーラスティングフラワー。
ドライフラワーのようにパサパサの葉と花だった。
白くてそこら中に咲いていた。

毎日の食事、コックが付いて来るだけあって、いいものを毎回出してくれる。
アフリカの、しかも山の中とは思えない。
食事の心配は要らない。
が、日本人はみそ汁を、韓国人はキムチを持参。
みそ汁はともかく、キムチとは・・・。匂いがすごい。
コリアンおそるべし。

4人部屋のハット、今日は日本人4人になった。
Sンヤさん&Tカコさん夫妻。ウチらと同い年だった。
日本人4人組と同じツアー会社で5日コースで挑んでいるそうだ。
ここで一緒の人は、この後の行程もずっと一緒。
アタックの日は日本人だらけになりそうだ。
それにしても、同世代の日本人に会えるとなんかうれしい。


続きはまた次回の更新で。

といったところで、現在、タンザニアのザンジバル島に居ます。

キリマンジャロ登山から無事生還し、東アフリカ最後の楽園と言われる、
ここザンジバルで旅の疲れを癒してます。
現在はジャンビアニのマライカゲストハウスに滞在。
明日から北部のヌングイに移動します。

アフリカに入ってから、ネットが使える環境がなかなか無いので、
更新できるときにまとめて更新。
ネットカフェがあっても日本語が使えなかったり(読むのさえ不可能)、
USBポートが無かったり、ネットカフェそのものが無かったり。

メールくれたみなさま、返事ができなくてごめんなさい。
ネットがつながるとこで返事します。

アフリカはなかなかハードな旅です。
でも、想像されているほどはハードじゃないかも。
とりあえず、今のところ、無事です。

テーマ : 海外旅行記
ジャンル : 旅行

プロフィール

うっちゃん

Author:うっちゃん
1979年1月生まれ
Partner:かずえ
1981年2月生まれ

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