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中東の城、ラピュタ

7月3日

ハマからバスを乗り継いで2時間、
ラピュタのモデルになったと噂される城、クラック・デ・シュバリエへ。

そう言われるのも納得の城。
丘の上に建ち、見渡す景色はシリアとは思えない豊かな大地。
山の斜面にまで畑が広がっていて、肥沃なオアシスを思わせる。

クラック・デ・シュバリエ、城内は自由に歩き回れる。
好きなようにさまよってくれ、ということか。
城壁の上や通路内など、行けるとこは全て歩きつくす。
2時間弱、飽きることなく城を満喫。
ラピュタ、素晴らしかった。

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帰りのバス、客が集まらずに割高料金。
それも許せるくらいのいいとこだった。

ホテルに戻るとまさかの再会。
ダハブ、ペトラ、アンマン、ダマスカスで会ったコリアン2人組、ヨナ&ウナ。
なんと4度目の再会。
明日の行き先も同じくアレッポ。
一緒に行くことにする。

ハマ最後の夜、ホテル近くの大衆食堂“アリババ”に4回目の来店。
よく来る日本人ということで店の人も覚えてくれている。
「ホンモス」と「ムタバル」、これがうまい。

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7月4日

朝“アリババ”に5回目の来店。

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よくしてくれたスタッフと一緒に。

ハマから北へバスで2時間、
シリア第二の都市で世界遺産の街、アレッポへ。

再会を果たしたヨナ&ウナとともにアジア勢4人組でバス。
人数が増えるとそれなりに楽しい。

アレッポではもちろん同じ宿。
日本人・韓国人ともに多いらしく、両国ともそれぞれ情報ノートがあった。

シリアのお金も減ってきたのでATM探し。
エジプトのハルガダではヒルトンにお邪魔したが、
シリアのアレッポではシェラトンにお邪魔する。
ホテルの中は別世界。とてもシリアとは思えない。
が、ATMからは引き出せず。
ビザ、マスター、プラス、シラス・・・
マークはいっぱいあるのに、ビザしか使えないとのこと。
ATMを探して街中をうろつく。
面倒だったが、アウディバンクで無事引き出し完了。
シリア、今のところアウディバンクしか引き出せる銀行、見つからず。

昼も夜も同じ店で食事。
歩き方にも載っている大衆食堂“ボルサイド”、安くてうまい。
ホンモスのおかわりもサービスしてくれた。
アレッポではこの店に通うことになりそうだ。

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その食堂前の時計塔。

7月5日

アレッポの宿は安宿ながらも雰囲気がいい。

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室内は石造りの床と壁。
一番いい部屋に泊まって1500円。
首都ダマスカスではドミトリーで一人1000円してたのに。

特に見たいところがあるわけでもなく、アレッポの街歩き。

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キリスト教地区は各派の教会が点在。

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世界遺産の街並み。

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スークは狭いアーケード商店街といった雰囲気。

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そこを抜けるとアレッポ城。

アレッポは石けんが有名。その名も、アレッポ石けん。
1キロ200~600円くらいで何種類もあり、お店も何軒も連なっている。
宿に常備されていたアレッポ石けんを使ったらなかなかいい感触。
1キロ300円弱の中級クラスを購入。当分石けんには困らなさそうだ。
が、荷物が1キロ増えた。

宿にてマンスールぶりのMサさんに再会。
Yすけさんはニアミスで今日モロッコへと飛んでしまったそうだ。
次に会うのは南米か。

長期旅行していると、思わぬ再会があってうれしい。
みんな、ルートや目的地が似たような感じになるから、確かに会う可能性は高いのかも。
泊まるとこも、歩き方や情報ノートで評判のいい安宿になるし。
旅人同士の再会、これも旅の楽しみの一つだ。
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テーマ : 海外旅行記
ジャンル : 旅行

パルミラ王国の夢の跡

シリアを抜け、現在トルコ、カッパドキア。
ギョレメという町に滞在中。


7月1日

暑いから朝早くか夕方に行くといい、と言われながらも朝は起きられず。
のんびり朝食後の11時に砂漠の中の遺跡へと向かった。
インドで灼熱の太陽に慣れたウチらにとってはどうってことない。
と、自分たちに言い聞かせて。

パルミラ遺跡のすごいとこは、なんと言っても無料ということに尽きる。
しかも立入禁止区域などもなく、遺跡の上にも乗り放題。

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本当にいいのか?!と思いつつも控え目にお邪魔させていただいた。
ごく一部、有料の部分もあるが、300円程度、遺跡の維持費だと思えば喜んで払える額だ。
ペトラで入場料が無駄に高かったのを味わっているだけに、パルミラの無料は嬉しかった。

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この自由気ままに遺跡を散策できる雰囲気もありがたい。
オフシーズンとあまりの暑さで客引きも観光客も数えるほど。
パルミラ、貸切状態。

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昼間とは違った雰囲気が味わえると思い、夜もパルミラへ。
ライトアップしていて幻想的だった。

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昼間よりも観光客多し。シリア人がけっこう多かった。
とは言っても2,30人。

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オフシーズンとはいえ、ペトラと比べてこの人の少なさは何なんだ・・・。

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夕食の後、通りすがりのシリア人が「ウチに寄ってけ」と言うので、お邪魔した。
家を見る限りお金持ちっぽかった。子供が11人。
同い年だと言っていたが、怪しい。見た目、老けすぎ。

夜中の帰り道、ちょうど結婚式のパレードに遭遇。
0時前だというのに、街中をクラクション鳴らしまくって車の列が走り抜ける。
街の人も祝福ムード。いいことだ。
同じ宿の日本人だけが「うるさいから窓の無い部屋に変えてくれ」と。
結婚式ならしょうがないと割り切るかうるささを気にしないくらい寛大な心を持ちたいものだ。

7月2日

金曜日(シリアの休日)のせいか、早朝(とは言っても9時)だったせいか、
パルミラでは朝食を食べられるような店が開いてなくて朝食抜き。
シャッター商店街になっていた。

パルミラ→ホムス→ハマと再びバスを乗り継ぐ。
ホムスでバスターミナル間の移動はバスで一緒だったアメリカ人とシェア。
比較的スムーズにハマまで来た。

強いて言うなら、パルミラでもハマでもバス停から20分くらい歩いたのが面倒だったくらい。
パルミラでは、タクシーが高かったので。
ハマでは、あるはずのセルビス(乗り合いタクシー)乗り場が無かったので。
いい運動をしたということで。

同じホテルにロードレーサーがいっぱい。
チャリダーが宿泊しているのかと思いきやかなりの大人数。
言葉が通じなかったのでよくわからないけど、
シリア中から集まってきているらしく、ユースの強化合宿みたいなものらしい。

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女性ライダー、しかもこのチームになぜか大人気。
自転車、みんな5,6年前のモデルながらも10万くらいするやつに乗っていた。
Tモバイルとディスカバリーチャンネルのモデルが人気。
ロードレーサーやってるだけで、それなりにお金持ちってとこか。

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水車の町、ハマはシリア人にとっても観光地らしく、
休みの金曜は人だらけ。

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きれいな街だった。

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砂漠に囲まれた山の上の修道院

6月29日

Rマさんとトマト祭りでの再会を願い、お互いにダマスカスにさらば。
帰国後に馬場で会える日を楽しみにしてます。

ダマスカスからバスとタクシーを乗り継ぎ、マル・ムーサ修道院へ。
この修道院、カトリックにとっては特別な場所で、砂漠に囲まれた山の上にある。
ウチらがここに来たのは「砂漠の景色や星空がきれい」とか「三食付で無料だよ」とか聞いたから。
キリスト教でも無いのにちょっと申し訳ない。

修道院の山の麓まで、ネベックの町から何も無い砂漠が続いていた。
羊の群れが砂漠に放されていたくらい。
食べる草も無いような気がするが・・・。

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修道院の麓に着いた。
山の上に修道院が見えた。

延々と続く階段を重いバックパックを背負って登る。
14時半のランチの時間に間に合うように。

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上から見るとこんな感じ。

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テラスから見る景色。遠くまで砂漠。
着いてちょっとしてテラスでランチ。間に合った。

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部屋は山を掘った穴の中。泊まるのは男女別。
女子ゾーンには、サッカーをTVで観る以外の用事では入れず。

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部屋の中はシンプル。マットレスと毛布があるだけ。

サッカー、パラグアイ人が居るわけもなく、
シリア人はみんな日本の味方。
じいちゃん神父だけなぜかパラグアイ。
みんなに「日本、よかった」と言われる善戦の末の敗退。
最後までドキドキした。
日本戦に興味がないor熱心な教徒は試合途中からお祈りに行っていた。
が、このお祈り、W杯中のみサッカー優先でいいとのこと。
シリア人、サッカー大好き。

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修道院の窓には所々に鳥の巣がある。
そっと見るとこんな感じ。卵まであった。

何も無い砂漠の中の修道院で、星空がすごくきれいだ。
と聞いていたので楽しみにしていたのに、月ががんばり過ぎ。
満月数日前で明るすぎて、星が全く見えず。
月ってこんなに明るかったっけ?!

エジプトの砂漠でも満月に星空を遮られた。
星空がきれいな場所に行くときには月のタイミングも気にしなきゃダメらしい。

6月30日

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朝、さえぎるものが無い砂漠からの日の出は早い。
日の光が当たり始めるとともにあっという間に暑くなってきた。

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修道院の奥、オールドモナストリー(旧館みたいなもの)の山に登り、早朝の日光浴。
何も無い砂漠と太陽を、心地よい暑さの中で眺めてきた。

旧館に泊まっている人もいて、窓から寝てる姿が丸見え。
朝食の時間になっても起きる気配がなかった。

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朝食は昨日の夕食と全く同じメニュー。おいしいからOK。
昨夜より人が減ったのはまだ寝ている人がいるからか。

食後、ひと仕事。
乾いたダムの底から土を掘り出し、山の上の方に花壇用の土を運ぶという作業。
総勢6,7人で1時間、中途半端なところで作業終了。
別に作りきらなくてもよかったらしい。

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お祈りする教会の内部。
大きなところは修復されているが、壁や柱の模様は昔のまま。

昼前にマル・ムーサを発つ。
二泊する予定だったが、ここはカトリックの神聖な場所。
部外者としてちょっと申し訳ない気がしたので一日で去ることにした。
みんなは「別に気にすることないのに」と言ってくれたが、
朝と夜、教会で祈りや聖書の朗読をしている姿を見ると、信仰心も無いのに居ることに居心地のわるさを感じて。
わずか一日なのに、みんな温かく見送ってくれた。

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そのみんな。
左から2番目のダニーは「仏教徒は好きだ」とのことでなぜかウチらをかなり気に入ってくれていた。
この修道院にすでに4週間くらい居るそうだ。

マル・ムーサ修道院、三食付で宿泊無料。灼熱の砂漠の上、満天の星空の下。
カトリックの神聖な場所を見てみたい人はぜひ。

ネベック→ホムス→パルミラとバス移動。
パルミラまでは砂漠の中の一本道だった。

着いたのはちょうど夕方。
アラブ城からの夕日がきれいと聞いていたので、歩きで城を目指す。
町から見えているが、麓まで15分、麓から30分の登り。
砂漠を突っ切って最短ルートで登った。

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夕日に照らされるパルミラの町。

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かつての繁栄を思わせる遺跡。

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砂漠の向こうへのサンセット。

遺跡よりもアラブ城からの景色がよかったと言う人もいたが、納得。
遠景とはいえすでに遺跡を見てしまった気分だ。

気を取り直して、明日は遺跡内を歩いて回ろう。

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世界遺産の街、ダマスカス

現在シリア。中部のハマという町に滞在中。
あと4,5日でトルコへ抜けます。多分。
7月25日、ツール・ド・フランスのゴール、
8月25日、スペインのトマト祭り、夏休みが取れる人はぜひご一緒に。


6月26日

ヨルダンからシリアへはセルビス(乗り合いタクシー)をシェア。
同じ宿に居た日本人、K鎌さん&Aコさんにご一緒させてもらう。
二人は、今回は中東のみだけど、すでにかなりの国に行ったことがあるとのこと。
Aコさんは同じ大学出身、入学年度も一緒といううれしい偶然。

さて、アンマンからは2時間ほどで国境へ。
14カ国目シリアへ・・・と思いきやビザで苦戦。
アライバルビザ、シングルは取るのが大変で、トランジットで済ます。
審査官の感じがわるく、何が問題なのかもわからずにパスポートだけ取られる。
セルビスのドライバーがしびれを切らして文句を言いに来なければ、状況がわからずに待たされ続けるとこだった。

実は情報ノートや他の旅行者から「日にち越えても問題無いから安いトランジットビザで」と聞いていた。
これ、ちょっと内容が微妙に歪曲して伝わっているようで、南部の国境に関しては
「シングルだと簡単に取れないからトランジットで」という方が正しいようだ。
結果的に「シングルより安いよ」ということかと。
本当に問題が無いかどうかは後になってのお楽しみ。
審査官には「延長はできない」と言われたけど。
K鎌さん、Aコさん、待たせてごめんなさいっ。

国境のロスタイム1時間のせいで、ダマスカスまで1時間余分にかかってしまった。
セルビスを降ろされた場所からはタクシーで宿へ。
聞いてはいたが、英語がヨルダン以上に通じなくて苦戦する。

ダマスカスでの宿はK鎌さんたちと同じとこ。
ドミトリーはAコさんと3人部屋。
隣のホテルには、3度目の再会、コリアンの女の子2人組がいた。

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ダマスカスのドミはこんな感じ。

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古い建物だけど、掃除も行き届いていて快適だった。

この宿、もう一人日本人がいた。
ハンガリー留学明けの大学生、後輩にあたるRマさん。
こんな場所にいる5人中3人が同じ大学とはちょっとうれしくなる。

誰かが言ってた。
「世界は広いが、世間は狭い」と。

6月27日

キクさんたち(インド編参照)おすすめのクネイトラへ。
イスラエルとシリアが領有を主張し未解決の土地、ゴラン高原に、
戦争でイスラエルが最後に爆撃した町、クネイトラがそのときの状況そのままに残されている場所だ。

許可証が必要で、パーミットを取りに行く。
道に迷ってうろついているとSPがちらほら。
申請所に着いても、ウチらは建物の中に入れず、外で手続き。
国連の要人か誰かが来ていたようだ。
厳重な警備はわかるが、警備中に銃口をこちらに向けないでほしい。
暴発とか誤射とかは絶対に無しでお願い・・・。

待機中にレバノン在住の日本人、お信さん&マコさん夫妻に会う。
同じくクネイトラ行きとのことで、
Rマさんも合わせて、今日も日本人ばかりで5人。
お信さん夫妻はアラビア語も話せて心強い。

タクシーとバスを乗り継ぎ2時間、
途中で3回の許可証チェックを受け、クネイトラへ。
アラビア語しか話せないガイドに連れられ、生々しい戦争の跡を見学。
とはいえすでに30年以上が経っており、崩れた建物や弾痕以外は風化しかけているように感じた。

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戦争後の、そのままの場所に入ったのは多分初めて。
今でも立ち入り禁止の区域があり、全部見れないのが残念。

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30分程度で許可された範囲は歩ききってしまった。
戦争のつめ跡と両国が取り合う緑の多い高原は見てみて損はない。

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と思ったら、マコさん曰く「ベイルートの方が崩壊した建物が生々しいかも」。
06年にイスラエルの爆撃があったのでこちらの方が新しい。
ただ街中なので再開発も激しく、もう数年もしたら戦争の跡は無くなるはず。
旧ユーゴ諸国も都市部は再開発されていくので、戦争の跡が30年もそのまま残されるクネイトラは珍しい。

アラビア語を話せる人がいたのは助かった。
お信さん、マコさん、ありがとうございました。

バス停から市内に戻るバスのこと。
高額紙幣しかなく、乗車で困っていると、
なんと、通りすがりのおじさんが3人分払ってくれた。
60円程度とはいえ、シリア人にとっては一食分の価格。
シリア人の、世界でも指折りのホスピタリティに触れた気がした。

街中に戻ってきてからは市内観光。
ダマスカスで一番人気の鳥料理で遅めのランチ。
さらに一番人気のアイスを食べて、モスクでのんびり。
そんな一日。

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歩き方に載っていたチキンの店と店員。
ガラス戸の中でチキンを丸焼き。

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ナッツまみれのアイスクリーム。超うまい。

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イスラム教第4の聖地、ウマイヤド・モスク。
聖地というほどの雰囲気は味わえず。
人気のあるモスクって程度か。

6月28日

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宿の前の通り。

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日本へ帰るK鎌さん&Aコさんと。
帰国後か次の旅でまた会いましょう。

今日は街歩き。

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旧市街のスーク(市場)。
モスクへと通じるメインストリートで混んでる。

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別の通りはきれいなスークの町並み。

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路地裏。

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サッカー観戦中。
シリア人はサッカー大好き。
毎日、試合中はカフェやレストランに集まって騒いでいた。

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夜のウマイヤド・モスク。

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スークも夜は人通りが少ない。

こんな感じの世界遺産の街。

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プロフィール

うっちゃん

Author:うっちゃん
1979年1月生まれ
Partner:かずえ
1981年2月生まれ

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